Bugと作家性

2007 BLOG

先週の木曜日、「知の技法」で有名な小林康夫東大教授の授業に、坂本龍一が出るという話を友人にきき、久しぶりに東大の駒場キャンパスに出かけた。「音楽はどこにあるか」というタイトルから、音楽の現状と未来を坂本教授が斬る!という内容を予想していたのだが、なんのことはないふたを開けてみると、彼自身の音楽的変遷をふりかえるというもので、肩すかしをくらう結果となった。教授の話自体も全体的にとりとめがなかったが、それでもそれなりに収穫があったように思う。

1時間半のトークの中で興味深かったのは「歌うことに抵抗がある」という点を強調していたこと。ここでいう「歌う」というのは、何も音程に合わせて発声することのみをさしているのではないようだ。「ギターでもピアノでも歌えるのだが、歌いたくない」と本人が話していたように、音楽に「歌い手」の感情であったり、「意味」を込めることを指していると理解した。あるいは「一人称の音楽」と言い換えてもいいかもしれない。

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歌うことへの抵抗は、教授が芸大に入学した当初からあったという。本人にいわく、入学当初からいわゆる「西洋音楽」にはもはや学ぶものはないとして、学生時代には電子音楽と民族音楽に傾倒したそうだ。また、複数の参加者(非ミュージシャン)が相互の関係に基づくあるルールに従って音をだすことで生まれる、無限のバリエーションを持った曲を「作曲」(=ルール作り)することにも夢中になったことがあると話していた。引き合いに出されていたバリ島のケチャ、あるいはIAMASの三輪眞弘氏の逆シミュレーション音楽「またりさま」を彷彿とさせる (実際、三輪氏の東の唄というCDのライナーノーツで、坂本氏は『自分もこういう音楽がやりたかった』という趣旨のコメントを寄せている)。音楽を生み出すプラットフォーム、メタな場としての音楽への指向は、Sine Wave Orchestraにも通ずる部分がある。

一人称の音楽への抵抗感を、近代以降の西洋音楽の歴史をドライブしてきたロマン主義的な指向性に対する反発と捉えることもできる。本人も話の中で「ポストモダン」という言葉を繰り返し使っていたので、これもあながち間違いではなさそうだ。「作家性を自分の作品からはいでいきたい」とも語っていた。

ここでようやく昨日の話ともクロスオーバーするのだが… バグの美学が2000年代初頭にはやったのはなぜか。かなりのコンピュータの計算パワーが比較的安価に手に入れられるようになり、グラフィック・ツールとなるソフトウェアが充実したのが、2000年前後の時代背景としてある。この時期を、ロマン主義的西洋音楽が完成した、逆に言うとその限界が見えてきた19世紀末から20世紀初頭の状況と比較して考えることができるのではないかと思う。あるいは、 当時、シェーンベルグたちが12音技法セリエル音楽で、後にジョン・ケージやライヒが、つづいて坂本龍一が西洋音楽の限界を打破するために、一人称で音楽を語るのをやめ、外的なルールや偶然性を導入した。同様に、当時portable[k]ommunityらが、バグの美学を語ったのは、「Adobe」「Macromedia」のソフトウェアが支配するグラフィックスからの意識的/無意識的な逃避だったのではないだろうか。

作家性を否定し、一人称的な作為から逃れようとすればするほど、その意思自体がある種の作家性を帯びてしまうという、「無印良品」効果:-)からは、グリッチ系の映像作家たちも逃れ得なかった。前回のポストにのせた画像を見た瞬間に「p[k]みたいだね」という反応が複数から返ってきたことが、その証拠である。本来匿名性が高いはずの「デジタルノイズ的映像」という膨大な表現領域に対して、既視感を植え付けてしまったp[k]の強い作家性を改めて感じる(どこまで意識的なのかは分からないが…) 若手の映像作家にこの手の作品を作る人が減っているのもある意味当然なのかもしれない。

と…考えをまとめるまえに書き出してしまったので、話がうまくまらず申し訳ない。あくまでも考えている過程を記録しているので、ポストのカテゴリーも「アイデアbeta」としてある。

坂本氏の面白いところは、歌うのが嫌いといいながらも「戦場のメリークリスマス」を作曲してしまうところ。いい意味で適当だったからここまで成功したんだろうな、と改めて納得した。

ここ数日よく聞いているのが、2003年の教授のA Day In New York。すばらしいです。Antonio Carlos Jobim, Caetano Velosoらの曲をカバーしてます。戦メリのフレーズをちょっとかぶせる辺りがニクい。このCDを教えてくれてありがとう!>青木君


“Day In New York” (Morelenbaum2 / Sakamoto)

参考

教授が学生時代に入り浸っていたという芸大のアナログシンセ部屋

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バリ島のケチャ