see look watch… 楽器と視覚

澤井君との会話。traksyでのレビューしたJazzmutant Lemurの話から、楽器とコンピュータのUIの違いについて。

Lemurの話をしていて、二人とも「楽器としては」使いにくいという意見で一致。その理由は、単純で手元を見ないと演奏できないから。Lemurのうりはフェーダーなどをマルチタッチのスクリーンで置き換えることで、ユーザが自由にインタフェースをカスタマイズできるようにしたことである。スクリーンを指でさわるとフェーダーやつまみが指の動きに追従して動く。

Lemurを使うとすぐにわかるのだが、Lemurのインタフェースは常に画面を見ていないと操作できない。のっぺりとしたスクリーンには、従来のハードウェアにあった触覚的な手がかりがほとんどないため、行為の開始時に指をどこにおくか、目で見て確認する必要がある。さらに手を動かすことでフェーダーの位置が動くとか、指をひねることでつまみが回転するといった行為の結果も目で確認するしかない。
音楽の制作の場面ではそれでもいいかもしれないが、複数のパラメータをリアルタイムに操作しつつ、観客とも音や視覚を通したコミュニケーションをする「ライブ」の環境で果たして役に立つのだろうか。Lemurはライブで使える「楽器」というよりも、音楽制作のためのフィジカルコントローラとして捉えるべきだろう。

澤井君が単なるコントローラと楽器との違いについて、「seeとlookの違い」という面白い表現をしていた。

コントローラを使う際に、操作の対象や手元を「見る」ことは、当然必要になるわけだが、意識して「視る」必要があるあるものは楽器にはなり得ない。これを seeはいいけど、lookだとだめというのが澤井君の意見である。「道具は人間の手の延長である」というのはすでに言い古されている言葉(ドン・ノーマンとかかな?? マクルーハンの場合は「メディアは…」ですね)だが、 澤井君の簡潔な言い方に感心した。

では、 Watchの場合はどうなのだろう? Watchの語感は、動いている対象を目で追いかけるような感じだが、たとえば、LemurやSONASPHEREの物理モデルに則ったインタフェースがすぐに想起される。その場合は楽器になりうるのだろうか。

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