iPhoneは「手のひらサイズのMac」ではなかった

2008 BLOG

Mac OS Xの次期バージョンからは、ユーザの音楽ライブラリにアクセスできるのは、iTunesとQuickTime、およびその他のApple謹製のソフトウェアだけになります。

と発表されたと想像してください。どう思いますか?

前回のポスト「iPhoneは『プログラミングのできるウォークマン』ではなかった」は、予想以上に反響がありました。iPhone内の音楽ファイルにサードパーティーのアプリからもアクセスできるようにしてほしいという要望に対して、賛同のコメントまで多数頂きました。ありがとうございました! 新しい音楽の可能性の芽を摘んでしまうことに対する僕の問題意識が伝わったようでうれしいです。

はてなブックマーク上でのコメントを見てると、「なぜ?」「もったいない!」という意見と、「Appleだから仕方ない」といったあきらめの感想にまじって、「そういうの、逆ギレって言うんじゃないの」という意見が… :-) そんなに風に考えたことがなかったので、非常に興味深く拝見しました。確かに表面上だけを捉えると、「勝手に幻想を抱き、それが叶わなかったことに対して怒っている」、という単なるイタい人なのかもしれませんね。

自分がなぜそこに気づかなかったのか。考えてみると、僕自身はiPhoneをプログラミングのできるウォークマンという以前に「手のひらサイズのOS X」「小さいMacとして捉えていました。iPhoneが最初に発表されたときに、まず興奮したのは、あのサイズのデバイスで自分のソフトウェアが動かせる、外に持ち出せる!という点です。「電話」というのはほとんど二の次、三の次でした。今でもその視点は変わっていません。Mac上でプログラミングをしてきたひとならこの気持ち、分かってくれるはず。

実際、Appleのプレスリリースのなかにも、「iPhoneはOS Xをスモールサイズに…」という宣伝文句があったはず。ところが… ふたをあけてみると実際はかなり違っていた、というわけです。


“詳解 Objective-C 2.0” (荻原 剛志)

違いをいくつか挙げてみると…

1. 一度に一つのアプリケーションしか動かせない。

先日のWWDCでは、新しいPush Notificationの仕組みが発表されましたが、あくまでも「Notification」でしかなく、マルチタスクを補完できるようなものではありません。一方で、この制限が操作感の向上に貢献していることも確かです。

2.システムの拡張が著しく制限される

システムレベルでベーシックな機能を拡張するような機構が用意されていない。例えるなら、iPhoneの日本語変換が気にくわなくても、ATOKみたいなものを作ってシステム全体で使うことができない。またAudio Unitのようなプラグインもシステムに最初から用意されているものを使うしかない。

3. ファイル操作が著しく制限される

ファイルをインストールしたりできない。ファインダーもない。

4. ファイルへのアクセスまで制限される

これが前回書いたことですね。

なぜ写真やコンタクトにはサードパーティのソフトからアクセスできて、音楽にはアクセスできないのか。たとえば、僕自身自分が録り貯めた音ネタをiPodで聴くということをよくやってます。そこから一歩進んで、iPod touch/iPhoneでは、そのサンプルでリズムを組んだりして遊んだりもできたはずです。本来なら。写真やコンタクトは自分で撮ったもの/作成したものだからいいんだという理屈は一見もっともらしいですが、必ずしもあてはまらないわけです。

技術的には当然問題ないわけです。SDKをインストールされた方は、/Developer/Platformsの中のPrivateFrameworks を見ると面白いと思いますよ。class-dumpしてみるとよくわかりますが、MusicLib****.framework というのが、iPhone/iPod touch上の音楽の再生に使われているフレームワークになります。フレームワークまでちゃんと用意されているわけです! あとは政治判断が残されているだけ。ヘッダをpublicにして、アクセスを許可してくれれば…  

上記の1のようなモバイルデバイスの特性や、セキュリティ面での要求から派生する制限には賛成します。むしろマルチタスクをばっさり切り捨てたAppleの英断には拍手を送りたいと思います。一方で、こと自分たちのビジネスに関わる点では、ユーザの権利を制限してでもきっちりと囲い込みを行う。Appleの姿勢が最後の制限にはっきり現れてますね。

実際には、音楽ファイルへのアクセスはAppleのビジネスにとってもプラスに作用するはずです。新しい音楽の楽しみ方を提案するようなサードパーティアプリが増えれば、ユーザの音楽に触れる機会も増え、iTunes Music Storeの売り上げの促進が見込めると思うのですがいかがでしょう。

iPhoneはMacではないんだというある意味当たり前の事実を受け入れた上で開発を続ける必要がありそうです。これまでの議論をふまえて、iPhoneと音楽の関係を考えたときに、今何ができるか、何を作ったのか、次のポストで書きたいと思います。


“iPhoneショック ケータイビジネスまで変える驚異のアップル流ものづくり” (林 信行)