10 seconds ago – 今、ここを感じる音楽

しばらくリリースが滞ってしまっていたAudible Realities名義のiPhoneアプリに、ようやく新しい顔ぶれが加わりました! 10 seconds ago / 10秒前」というタイトルの無料アプリです。

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10 seconds ago

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(クリックするとiTunesが立ち上がります)

このアプリは、マイク入力から入ってくる音を、タイトル通り10秒間だけ遅らせて出力するアプリです。つまり、イヤホンからは常に10秒前に聞こえたはずの音が流れてくる、というわけです。なーんだ、単なる「ディレイ」エフェクトじゃん、と思った方。正解です! 確かに機能としては単なるディレイエフェクトなんですが、外に持ち運んで使ってみると全く意味が変わってきます。

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10 seconds agoのスクリーンショット
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10 seconds agoの面白さを説明するのに一番良いのは、フィールドレコーディングとの比較ではないでしょうか。例えば、この音は6年ほど前にアメリカに行ったときに、デンバーのだだっ広い空港で録音したものです。

[audio:denver5.mp3]

単なる空港での録音の一部なんですが、これを聞くと、一人旅、しかも初めてのアメリカでドキドキしていた自分の気持ち、ノイズが載らないように自作のバイノーラルマイクの接触を気にしていたことや、前に座っていたピンクのパーカーを着た大柄な女の子とその両親などの周囲の情景などが、まざまざと思い浮かびます。こうした音と結びついた記憶は、この音を録音した僕にしか分からないものかもしれませんが、初めてこの音を聞いた人の脳裏にも、ターミナルの空間の広さや混雑した待合室、行き交う人々の雑踏など、音から想像する情景が広がるはずです。

こうしたフィールドレコーディングの面白さは、音が視覚的な情報から切り離されて提示されることにあるのではないでしょうか。通常、私たちが音を聞く場合、視覚情報として捉えられる「音源」 – その音を物理的に放射している物体 – とセットとして知覚されます。普段分ちがたく結びついているセットが崩れ、音だけを音源とは独立して提示されたとき、人はその音に対して、時として過剰なまでに想像力を膨らませたり、興奮したり、恐れたりするのではないでしょうか (森の中で遠くから聞こえてくる遠吠えを恐れるように) これは人間が主に視覚情報に依拠する生き物であることの裏返しと言うこともできるでしょう。

同じような感覚を日常生活の中で味わうためにはどうしたらいいのでしょう….さすがに目をつぶって歩くわけにはいかないですよね (僕はよく、待ち合わせのときや電車の中などの一人のときに目をつぶって、周囲の音だけを「聴く」ことを試したりしますが)。 そこで、その瞬間に見えているものから意図的にズラすことで、視覚的なコンテクストから聞こえてくる音を切り離すことを試みました。視覚と聴覚の間に人為的なギャップを異物として挿入することで、私たちを取り巻く音に意識的になる。いつも何気なく「聞いている」音を注意深く「聴く」ようになる。そういった聴取のモードの切り替えに対する一助として制作したソフトウェアが、この10 seconds agoになります。もっとも、10秒間という短い時間差では、視覚と聴覚が完全に切り離されたことにはなりません。10秒程度でしたら、見えているものもそれほど大きくかわってはないでしょう。せいぜい自転車に乗った人が横を通り過ぎてしばらくしてから「チリンチリン」というベルの音が聞こえてくる…  そこで初めて、「あ、今の自転車の人はベルを鳴らしてたんだ」と気づく、そんな程度かもしれません。この微妙な時間差によって、聴覚の世界が視覚的なコンテクストから「浮遊」することで、過ぎていく時間の一回性であったり、その場所性が強調されることになります。

時として、人は音楽を聞くことに徒労感を覚えることがあります。特にiPodによって自分の音楽ライブラリをポケットに入れて持ち運べるようになり、いつでも好きな音楽を聴けるようになったからこそ、逆に疲れを覚えるというアンビバレンス。この辺は僕の私見でまだうまく言えないのですが… かなり乱暴な言い方になっていることを自覚しつつ続けます。音楽は人の想像力をここではないどこかに運ぶ、そんな心の乗り物だと僕は考えています。音楽にのめり込む人であればあるほど、その人の心は力強く羽ばたいて、距離や時間を超越したどこか遠くへと飛んでいくこ。それが音楽の力だとしたら… 音楽という乗り物を駆っての放浪に疲れてしまった心は、「今」「この場所」「この瞬間」に存在する、そんな確かな感触を与えてくれる何かを時として強く求めるのではないでしょうか。10 seconds agoを通して「聴く」、音楽としての環境音の世界は、その「何か」の一つになりうると僕は信じています。

聴覚には視覚のような指向性がありません。小さな窓から世界を覗いているような視覚に対して、聴覚は常に世界の中心から周りを存在します。また、まぶたを閉じて(志ん朝のマクラで「最近の歌はすごいねぇ、『瞳を閉じて』って瞳は閉じれないですよ」というのがありましたが… :-)) 視覚をシャットアウトするようには、耳を閉じることはできませんが、視覚以上に「感度」が上下するのが聴覚の特徴と言えるでしょう。集中していて、周りの音が耳に入らないという状態ですね。逆に、感度を上げて聞こえて来る微細な音に耳を澄ますこともできます。それは同時に自分の内側に流れる時間を強く意識することにもつながっていきます。

茂木健一郎氏との対談集 「音楽を『考える』」(ちくまプリマー新書)の中で、現代音楽作曲家の江村哲二氏は「自分自身の中に流れる音楽に耳を澄ますことから作曲が始まる」と繰り返し強調されていました。「自分の中で立ち上がった音を聴くこと、それが音楽だ」というケージの言葉も引用されていますが、それがこの本の全体のテーマになっています。茂木氏の「すべては音楽から生まれる」でも同一のテーマが今度は茂木氏の視点から語られています (彼の著作は好きなのですが、何かというと脳の快楽中枢がとかドーパミンがとか脳の仕組みと結びつけて権威付けしようとする姿勢はかなり疑問。そんなに単純じゃないだろうと言いたい。クオリアを標榜しつつ、意外と要素還元主義的なのが残念です)。それにしても、自分がコントロールできない環境音やいわゆる偶然性を重視した作曲家として知られるケージが、内側から聴こえてくる「音」を重視していたというのは非常に示唆的です。上記の本では、ケージはあくまでも内側から聞こえてくる音を曲という形に表出させるために偶然性を利用していたのだ、という議論がなされています。(上の視覚と聴覚の比較も「音楽を『考える』」を参考にしました。)

また別の角度から、もう一つ僕の好きな本に引きつけてみます。時間術の本を探していて偶然手に取った「タイムシフティング無限の時間を創り出す」という本です。タイトルだけみると、時間を120%使いこなす!といったHow-to本のようですが、実は全く逆で「のんびりすればするほど時間が生まれてくる」という逆説的な内容です。この本の主張を一言で表すならば、「『今』を意識していればストレスは感じない。逆に、過去や未来に心が奪われることから意味のないストレスが生まれる」といった感じになるでしょうか。たしかに、常に仕事に追い立てられて次に何をしようということばかり考えていたら、疲れる一方です。どんなに忙しくても、今、この瞬間、この場所に自分がいる、生きているということを感じながら毎日を送ることができれば、必要のないストレスは軽減されることでしょう。
これは、まさに 10 seconds agoでやりたかったことではないでしょうか! 10 seconds agoは実は「癒し」のためのソフトウェアでもあるのです。これをAudible Realitiesの他のメンバーに話したところ、「ぬるい」と一蹴されてしまいましたが… 僕自身はそう信じてますし、事実、疲れたときにこのアプリを立ち上げることが多いです。

と、ここまで「今、ここを感じる音楽」としてのiPhoneアプリケーション 10 seconds agoを紹介してきました。AppStoreで無料配布中です (クリックするとiTunesが立ち上がります)。ぜひお試し下さい。

まだ話していませんでしたが、このアプリには問題点もあります。録音と再生を繰り返すために電池の消費が大きい、iPod touchで使えない(マイク入力がないため)、iPhoneもマイク入力のDAがひどいせいで音質が悪いなどなどです。また一部で起動に問題がある(起動しない)といった話も伝わってきています。こちらで現象が再現できないためにそのあたりの問題が解決できないでいます。(←追記: JailbrakeしているiPhoneでは起動しないようです!)もしそういった問題があった場合にはお手数ですが、info@audibles.jpもしくはTwitterのpelican6宛に一言いただければ非常に助かります。よろしくお願いいたします。

なお、ディレイ時間をコントロールしたり、バッファの波形が確認することのできる 10 seconds ago Proも近日中に公開予定です。ディレイ時間をランダムに変化させる機能も加わったことで、さらに不思議な時間の感覚をお楽しみいただけます。こちらもご期待ください!!

10 seconds ago Proのスクリーンショット
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今回のポストは、ニューエイジとか癒しといった世界に、片足を突っ込んでいるような感じになってしまいましたが、いかがだったでしょうか。あくまでもここに書いたことは、僕自身の考えであって、Audible Realitiesのメンバーの中で必ずしも意見が一致しているわけではありません。最後に付け加えておきます。

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