カメラと画家、とAI

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左: マン・レイ「Dora Maar」 右: パブロ・ピカソ 「ドラ・マールの肖像」

人工知能とクリエイターの関係を考えるときに、カメラが発明が画家に与えた影響を考えると良いのではないか、なんてことを考えております。 カメラは乱暴に言ってしまえば、自動化の技術。よく言われるようにカメラの発明が肖像画を描いていた画家を失業においやった一方で、印象派やキュビズムの誕生に寄与したように、ある種の表現は人工知能に代替されるのかもしれないが、その分、別の表現が生まれてくる。

写真が広まり始めた大正時代には、わざとフォーカスをぼかしたり、レンズにつばをつけたりすることで、印象派の絵画に似せた写真を撮ろうとする藝術寫眞の流れがあったり… 写真をリファレンスにできることによって、手書きによる写実的な表現のレベルが格段に上がったり (例えばこういうのとか http://ailovei.com/?p=46139) 。その影響は双方向的。

あえて人工知能を使わないで〇〇するってことに価値がでたりとか。

音楽に置き換えるとどんなことが言えるんだろう…

そんなことをつらつら考えております。 意見求む!

 

なんでそんなことを考えているかというと… 7/1にこういう場で講演することになっているからです.  よろしくお願いします.

コンテンツ東京2016 先端コンテンツ技術展 特別講演

 

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エイリアンとしてのAI – Nao Tokui / 徳井直生
7月 11, 2016 at 04:07 PM

[…] こうした人とAI’が相互に影響を与えつつ相互に歩み寄るプロセスが、表現の幅や深みを生み出していくことでしょう(カメラ/写真と絵画の関係のように)。私自身もQosmoとしてもそうしたプロセスにすこしでも寄与できたらと考えています。 […]