AI研究と音楽表現—テクノロジーの「誤用」をめぐって
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このところ少し時間ができたこともあり、音楽の領域で新しいテクノロジー(サンプリング、シンセサイザー、ターンテーブル etc)がどのように使われてきたか、改めてその歴史を振り返っています。
音楽とテクノロジーの歴史の中で繰り返し現れるモチーフ。それは、アーティストが新しいテクノロジーの開発者の意図からはズレた使い方をすることで、新しい表現が生まれるというサイクルです。音楽テクノロジーの歴史は「誤用」の歴史である、そのことを痛感しています。
‘The history of technology and music are histories of misappropriation, accident, and contingency precisely because of the way objects are used and misused in practice”
Nick Prior, Software Sequencers and Cyborg Singers: Popular Music in the Digital Hypermodern. 2009, p. 86
例えば、世界最初のサンプラー Fairlight CMIの発売当初、開発者が念頭に置いていたのは、ピアノやバイオリンといった既存の楽器の安価で高品質な模倣であり、既存の他人のレコードのドラム音はともかく、マクドナルの袋のノイズ、豚が屠殺される際の音をサンプリングすることは念頭にはありませんでした。
ひるがえって、最近のAI研究と音楽。
研究レベルでは、深層学習を使った音の合成(Jukebox, DDSP等)やメロディーの生成(Music Transformer)といった高度な技術が生まれてきているのですが、それが新しい音楽につながっている実感は正直に言ってありません。言い方を変えると、まだ誤用されるに至っていないのです。技術のフロンティアで新しい表現につながる期待はうっすらとあるのだけど、それらを使った表現となると。。。まだまだスカスカな印象を受けます。
最近、自分の研究室の学生(AIを使った表現を模索中)に「最新の論文を追っかけるのに精一杯で、自分なりの表現に取り組む余裕がない。どうしたらいいでしょうか?」と質問されました。その時はすぐにうまく答えられなかったのですが、「最先端を追っかけるのはやめて、少しこなれてきた技術をどう誤用するかを一生懸命考えた方が良い」というのが今の僕の答えです。表現に取り組むのであれば、技術の最先端は片目で遠くに眺めているくらいで良いのかもしれません。
一方、技術の最先端を追いかける研究者やいわゆる専門家と言われる人の間では、理論を理解できずに技術に携わる人を軽視する風潮があることも否めません。しかし実は、Attentionの仕組みやKL Divergenceの意味を分からなくても、AIを用いた新しい表現に取り組むことはできるはずなのです。むしろそういう人たちが新しい音楽を生み出してきたというのが、音楽とテクノロジーの歴史です。
例えば、Africa Bambaataの「Planet Rock」は、ヒップホップやテクノをはじめとするのちのダンスミュージックに大きな影響を与えた曲として知られています。サンプラーを使った最初期のヒット曲とも言われますが、実はBambaataはFairlight CMIでサンプリングする方法がわからず(!)、プリセット音だけでこの曲を作ったと言われています。Fairlight CMIの購入時についてくるフロッピーについてきたサンプル・ライブラリーを使うしかなかったのです(そうした音の一つが、あの80年代を象徴する音、「オーケストラヒット」でした)。
そもそも、多くの人が「音楽を聴く」と言った場合に想像するであろう録音された音楽を聴く行為自体、あるいは音楽産業全体が、口述筆記のための記録装置としてレコードを開発したエジソンのそもそもの意図からすると、「誤用」から生まれているとも言えます。
同様に… AIを使った新しい音楽や表現は、きっとAIのことをよく知らないアーティスト、もしくはよく知った上で意図的に誤用できたアーティストによって切り開かれるでしょう (私がどちらを目指そうとしているかは、こういったサイトを運営していることからも明らかかでしょう)。Fairlightがなければ、Planet Rockがなかったように、AI研究者の役割を軽視するつもりも、もちろんありません。技術を開発する人とそれを誤用するアーティストは、相補的な関係なのです。
ただし…. Attentionの仕組みが分からなくてもAIを用いた新しい表現に取り組むことはできる。そう書いたものの、現実的にはまだまだPythonとTensorFlowの使い方くらいは分からないと新しい実験をするのは難しいでしょう。 バンバータがサンプリングの仕方をわからないままでも、Fairlightを使えたようにはなっていません。
実は先日IAMASの小林茂先生にお声がけいただいて、オンラインで講演する場がありました。その時に「AIの音楽ツールについてどう考えているか。専門的な知見がないと使えないものが多い現状についてどう思うか」といった趣旨の質問がありました。そのときの僕の答えは「一人のアーティストとしては、自分の創作に使えるツールを作ることで精一杯。なかなか一般向けのツールの開発までは手が回らない。」といったものでしたが、一方でAIと表現の研究に携わるものとして、アーティストが誤用できるツールを提供していきたいという思いもあります。結果的にそういうツールのみが本質的な違いをもたらすと分かっているからです。
研究者、技術者としての自分とアーティストとしての自分。その両面を行ったり来たりしながら、表現のフロンティアの拡張に研究室の学生やQosmoの仲間とともに取り組んでいきたい、そんな風に考えています。
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2021.05.19 BLOG MUSIC PERFORMANCE